【File010】麹料理研究家 小紺有花さん

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麹料理研究家 小紺有花さん

《プロフィール》
1973年大阪市生まれ。金沢市で夫、娘、息子と4人暮らし。金沢美術大学工芸デザイン専攻卒業。子どものアトピーや自然食体験を機に甘酒に興味を持つようになり、独学で麹を研究し始める。家庭でも簡単に作れる美味しい麹料理レシピが評判を呼び、料理教室を開くようになる。’06年より京都の豆屋「楽天堂」の会報誌にて料理エッセー「麹遊び」を4年間連載。’11年からはヤマト醤油味噌の糀部コーチを務め、NHK「あさイチ」の紹介で全国に"麹ブーム"を巻き起こす。現在は麹食文化の素晴らしさを分かち合うべく、金沢を拠点に麹料理の教室やワークショップ、食事会などを多数開催。新しい麹食文化の創造を目指して、商品開発にも取り組んでいる。趣味は剣道。
■ブログ「かむたちの花

インタビュー

自分の創造性を満たす”何か”をさがして

小紺さんの本では、麹調味料を使うことで驚くほどおいしくヘルシーになるスイーツや献立を紹介

おいしく手軽に身体にいい料理を作れる!と、一躍脚光を浴びるようになった麹調味料。書店には塩麹、甘酒、しょうゆ麹のレシピ本がズラリと並ぶ人気ぶりです。このムーブメントの立役者のひとりが小紺さん。でも、道のりはまっすぐ見通しよく続いていたわけではありませんでした。

金沢美大で染織を専攻した小紺さんは、結婚して子育てをしながら染織作家を目指し、作品を発表するホームページを開設していました。そのブログで得意な料理献立をアップしていたところ、保育園のママ友から「料理教室をやってほしい」と声がかかります。場所も生徒集めもすっかりセッティングされ、月1回の料理教室が始まりました。

「料理は幼い頃から好きで、高校生の頃からお弁当や夕食も作っていました。でもまさか自分が料理を教えるとは…この小さな教室が出発点となり、教えるイロハをひとつひとつ学んでいくことができたんです」。

その後、お子さんのアトピーや習っていたヨガの影響で、オーガニックやマクロビオティックに目覚めていった小紺さん。教室の内容も穀物菜食へと変化していきました。ある時、ふとしたことからイベントに提供したマクロビスイーツが自然食品店の目に留まり、そちらにも定期的にスイーツを卸すことになりました。

「その頃には、染織から料理へと気持ちはシフトしていました。私の目的は"クリエイティブで人を満足させること"。表現は違うけれど、世の中に求められる方、扉が開いていく方へ進もうと決めたんです」。

甘酒を入口に、麹の世界を知る

栄養満点で飲む点滴といわれる甘酒をはじめ、塩麹、しょうゆ麹など味わいも効用も優れた麹調味料

穀物菜食を独学で学ぶ中で、特に熱中したのがマクロビスイーツ作り。白砂糖を好ましくないとするマクロビ実践者たちが愛用していた「甘酒」に注目し、甘酒を作ったり、美味しい甘酒レシピ作りを気の向くままに楽しんでいたそう。そんな"甘酒遊び"が思わぬ扉を引き寄せました。自然食品店を通じて知り合った京都の豆屋「楽天堂」から、麹料理の連載を依頼されたのです。
「文章を書く仕事などやったこともない自分にできるのか、とすごく迷いました。そこで頭に浮かんできたのが、ヨガで教えられた『求められることは自分の為すべきこと』という言葉。今の私が乗り越えるべき課題を与えられたのかなと、お引き受けしました」。
約4年間の連載の間に、小紺さんは甘酒をはじめさまざまな麹文化を研究。麹で作る調味料はおいしいだけでなく、食材のうまみを引き出し、多くの栄養を生み出す優れた健康食品であることを確信していきます。一方、料理教室では「よりよいレシピを指導したい」と、作っては食べを繰り返していた小紺さん。やがて根の詰め過ぎで身体も心も疲弊し、教室は一旦締めることになってしまいます。

教室を中断していた時期も、楽天堂への寄稿をしながら、細々と麹料理の研究は続けていました。「今後どのように料理の活動を続けて行こうか?」。悩む日々に勇気をくれたのは、小紺さんの料理を喜んでくれる人たちの笑顔でした。

「麹料理やスイーツを友人たちに食べさせると、ものすごく感動してくれる。自分でも、なんて美味しいんだろう! と自画自賛してたんです。この感動を、もっと多くの人たちと分かち合いたいと思いましたね」。
足元がしっかりと固まった小紺さんの再出発は『麹料理教室』でした。

自分の使命を見つけた!

麹料理教室は毎回バラエティに富んだテーマで開催。画像の料理は「NYのデリ」。 ヘルスコンシャスなニューヨーカーが楽しむランチを和の食材と麹を使ってアレンジしたもの。

’08年から麹料理教室を始めると、すぐにうれしい出会いがありました。金沢・東山の創業180年の老舗「高木麹商店」です。小紺さんは、高木さんの味わい深く質の高い麹や昔ながらの製法を守る心意気にすっかり惚れこんでしまいます。

「衰退しつつある麹業界の現状もお聞きして、なんてもったいない、なんとかしなくちゃ! と考えるようになっていきました」。

以前から小紺さんは麹料理教室を通じて「麹離れの原因は食生活の変化」だと感じていました。教室であえてパスタやサラダ、スープなど洋風メニューを披露すると、参加者はその簡単さ美味しさに、満面の笑顔で喜んでくれます。
「その確かな手ごたえから、私がやるべきことは『新しい麹食文化の創造』だと。麹への思いは、好奇心から"使命感"へと変わっていったんです」。

スイーツやドレッシングなど麹加工食品の開発にも乗り出した小紺さんに、さらなる出会いが待っていました。金沢・大野の醤油醸造メーカー「ヤマト醤油味噌」の山本社長です。「現代の食生活に合う麹食文化を提案していけば、麹業界の未来は開ける」との考えに深く共鳴してくれた山本社長とともに、小紺さんは新しい麹プロジェクトに取り組んでいくことになります。

ちょうど「腸美人ブーム」などの影響で、消費者の関心は発酵食へ向きつつありました。小紺さんの活動はテレビ出演や麹レシピ本の出版で全国に広がり、塩麹、甘酒は一般家庭のキッチンにも常備されるようになっていきました。

NYに"KOJI"の種火を点ける

ニューヨークのセミナーにて。小紺さんの麹特集を放映した直後の番組ホームページは過去最多のアクセス数だったという

自分を"四駆自動車のよう"という小紺さん。こうと決めたら、未開拓な分野にもどんどん入り込んで行く性格とか。その持ち前のパワーで麹の道を切り開き、さらにかねての夢「海外で仕事をする」に挑戦しました。場所はニューヨーク。
「ニューヨーク在住のヘルシー志向の日系人の間で"KOJI"が健康食品として盛り上がっている、という情報を耳にして、行くなら今だ! と直感しました。誰かのお膳立てを待っていたら間に合わない。テレビの取材で知り合ったNY在住の知人にすぐ相談して『発酵食セミナー』開催の準備をはじめたんです」

’12年7月にNY日系人会館で開催されたセミナーは大盛況。その模様は邦人向け新聞で紹介され、日本語テレビ放送の麹特集は全米に報道されました。
「反響を通じて、"KOJI"は世界に広がる可能性を持っている、と感じました。その発信地としてニューヨークは最高の環境。境界や偏見なく、いいものをどんどん吸収するスタイルは自分に合っているとも」
ゆくゆくはニューヨークで麹スイーツ店展開もやってみたいと語る小紺さん。日本伝来の麹が世界の"KOJI"として定着する日も、もうまもなくやってきそうです。

本当に価値のあるものは伝えれば必ず広がる

まさにウーマンパワーで麹を盛り上げた「糀部」。その活躍はNHK「あさイチ」でも紹介され、大反響を呼んだ

そんな小紺さんとウーマンスタイルがタッグマッチを組んだのは’11年の秋。「ヤマト醤油味噌」が発足した発酵食ファンクラブ「ヤマト糀部」のヘッドコーチをお願いしたのです。

「女性部員によるクラブ活動で発酵食の魅力を発信する、という斬新なアイディアには正直驚きましたね。前例のないプロジェクトに不安もありましたが、山本社長の麹文化普及への情熱、私の活動からヒントを得たというウーマンスタイルの成田さんの熱心なお誘いに心が動かされました」

集ったメンバーは麹に関心の深い人から「麹って何?」という人までさまざま。そんな彼女たちが毎月教室を重ねるごとに麹の知識を深め、半年後には麹レシピを考案し、麹料理パーティを開催できるほどに成長していきました。

「変わっていく部員たちを目の前にして思いました。『本当にいいものはしっかり伝えれば必ず広がっていく』と。今、日本の食は一見豊かなようで、内情はとても貧しい。化学調味料や添加物、砂糖を過剰に使った食品が氾濫し、本当に私たちの身体が必要とするものが手に入りにくいのが実情です。麹料理のように優れた食品を伝えたら、それを手軽にいつでもどこでも手に入るようにしなければ」

麹料理教室や糀部を通して"伝わる"確信を得た小紺さんには、これから進むべき道がくっきりと見えています。一人まっしぐらに突き進む勇気と、壁や課題から逃げずにひとつひとつ乗り越える地道な努力と。ふたつの相反する強さが、道を覆っていた霧をきれいに晴らしてくれたようです。

ある1日の過ごし方

06:30
起床、 洗顔、朝食作り
07:30
朝ドラ見ながら朝食、お弁当作り、洗濯など
09:00
料理教室のため家を出る
09:30
教室の会場入り、下準備
10:00
教室開始
13:30
教室終了、帰宅
14:30
夫の店を手伝いに行く、夫の店でパソコン業務など
18:00
帰宅、夕飯準備
20:30
夫帰宅、 夫の食事の用意
22:00
パソコンで執筆業
23:00
入浴
24:30
就寝

わたしのお気に入り

剣道の防具。面と小手

大人になってから始めた剣道は三段の腕前。毎回、稽古で防具を着ける直前はいつも引き締まる想いとか。その心持ちが暮らしの中の良いアクセントになっているそうです。

高山で買った春慶塗の弁当箱

ほぼ毎日、ご主人のお弁当を作る小紺さん。味気ないお弁当箱は可哀そうと、一昨年、春慶塗のお弁当箱を奮発。1度壊れたものの、修理に出すと新品同様に美しくなって帰ってきました。

着物を着た時にさす簪

小紺さんは「簪がさしたくて髪の毛を伸ばし始めた」とか。奥から2番目の赤い簪はお母様からの輪島塗。手前から3番目のオレンジのトンボ玉の簪は息子さんの昨年のクリスマスプレゼント。

(文・写真 塩田陽子)